ymcaherringtonburnさんが語るベイビーサポートの効能と必要性

最高に幸せだったマタニティライフはベイビーサポートのおかげ

ベイビーサポートのおかげで男の子を授かることが出来ました。

38歳で結婚して、不妊治療の末に妊娠・出産したのが43歳という超高齢出産を経験しました。
不妊治療は約2年に及びましたが、途中は精神面でも費用の面でも何度も心が折れそうになりながらも、絶対に夫との子供が欲しいという気持ちを信じて治療を続けてきての、ようやくの妊娠だったのです。

妊娠が分かった時は喜びよりも燃え尽きた感が強くて全く実感がない、フワフワと雲の上を歩いているような感覚が2、3週間続きました。
次にやってきた感情は、この妊娠を何としても継続させて無事に出産したいという強い気持ちでした。
高齢妊娠の場合の流産率を聞くと、かなり不安でしたが、そんな不安を吹き飛ばしてくれたのが同じく不妊治療で妊娠、出産した友人の言葉でした。
せっかく授かったんだから、年齢的にも最初で最後のマタニティライフを楽しんで、ママが不安がっていたらお腹の赤ちゃんにも伝わるよ、と。

出かけるのも、こわごわだったのですが、幸いな事につわりもなかったので、適度な運動をしようとウォーキングを始めたり、積極的に友人と会ったり、
色々調べて出産に必要なグッズを買いに行ったり、今思えば一番幸せな時期だったような気もします。
もちろん、子育てが出来る今も幸せですが、友人が言ったように、二度とない特別な時間でした。
今は8歳になる息子は、クラスでも背が高くサッカー大好き、活発な子供に育っていますが、この子が自分のお腹にいたというのは、何とも不思議な気持ちです。
時々あのマタニティライフを思い出したくて、芸能人のブログなどを見ていると、ちょうど見つけたのが「胎動を感じて幸せ」というタイトルでした。

そうそう、妊婦ならば絶対に感じるあの特別な感覚、お腹の中に本当に赤ちゃんがいて、生きているというのを実感できる瞬間だったなあ、とブログを見ながらちょっと涙がでそうになりました。
胎動は後期になると、うっと声が出るくらい蹴飛ばされたりしましたが、逆に胎動がないと一気に不安になるのもみな同じようですね。

妊娠する前の妊活段階から産み分けをしようと思い、ベイビーサポートを使っていたのが非常に大きかったです。

ベイビーサポートを使って希望の性別の子供を授かった人は非常に多いのが実情です。

さて、ベイビーサポートとは何か。このように専門サイトには記してあります。

ベイビーサポートは国内売り上げ35万本突破した人気の産み分けゼリーです。

ベイビーサポートの人気の要因の一つに、徹底した安全性があるでしょう。

人体に入れるものだけあり、消費者の目は非常に厳しいです。

大切な消費者に安心を与えることができるように、ベイビーサポートは研究から品質テストまですべて国内で実施されており、厳しいテストを通過したものだけが販売されています。

その安全性は、売上本数35万本という数字に表れているでしょう。

現在多数の産み分けゼリーが販売されていますが、ベイビーサポートはトップクラスの人気と実績を誇ります。
出典元:ベイビーサポートの使い方と口コミ〜プロが教えるベイビーサポートの全て

上記からも分かるようにベイビーサポートを使って妊活をしていく事は、希望の性別の子供が欲しい夫婦にとっては非常に有効なのです。

ただ寝ているだけなのに、極端な事を考えてしまったりして、良くお腹をさすって「おーい、動いてー」と呼び掛けたり、あえて動いてみて起こしたりしていたのも懐かしい思い出です。
出産も感動的でしたし、新生児の可愛さ、赤ちゃん、幼児期、幼稚園時代、小学校、どの場面を思い出しても感動しますが、もしもう一度どの時期に戻りたいか?と聞かれたら迷わず幸せな気分だったマタニティライフをもう一度送ってみたいなあ、と思います。

妊娠報告と職場の雰囲気に悩んだ私

二人目の妊娠がわかったのは、育児休暇から開けて2ヶ月ほどたった頃でした。
4月に職場復帰し、それと同時に自宅近くの病院へ転勤。看護師として働く私の子育てと仕事の両立を助けようという職場の配慮でした。
その頃配属されていた部署は検査室で、放射線が飛び交う中での仕事でした。
やっと仕事にも慣れてきて動けるようになった頃だったので、なかなか上司に打ち明けることが出来ずに妊娠していることを隠して過ごしていました。
しかし、産婦人科から診断書をもらい母子手帳を発行するようにと言われた日、主治医に現在働いている部署についての相談をすると、
「すぐにでも部署を変えてもらいなさい。何が大切なのか、看護師ならわかるよね?」といわれ、ハッとしました。

妊娠初期に放射線を浴びることによって胎児にどれだけの影響を及ぼすのか。
妊娠を隠していたため自分なりに放射線に被爆しないよう配慮はしていましたが、それでも100%防ぐことは出来ない。
赤ちゃんに何かあった時、私は赤ちゃんにどう誤ればいいのだろう?
自分の立場ばかり考えて、赤ちゃんの安全を二の次にしていた自分を情けなく思いました。
次の日、恐る恐る上司に妊娠の報告をした私。

上司は、「わあ~!よかったじゃない!なんで黙っていたの?」と満面の笑顔で祝福してくれました。
私はその時の上司の笑顔にどれだけ救われたかわかりません。
やはり中には、復帰したばかりで妊娠してしまった私に「計画性がない」と嫌な顔をする人もいました。
でも、このような意見も全て受け入れて、今できる仕事を頑張るしかないと決意し業務をこなしていました。
結局その後すぐに放射線がない胃カメラ室に配属になり、さらに1か月後同じ管轄である手術室へ異動になりました。
手術室でも私に対する風当たりは様々でした。

意外だったのは、若い独身の女性たちが私を気遣ってくれることでした。
逆に、既婚者で大きな子供がいるスタッフのほうが冷たい態度で接してきました。
私に対して風当たりの強いスタッフがリーダーになると、昼食交代をしてくれないなんてことも多々ありました。

今思うと本当に辛かったのですが、とにかく仕事中の8時間はポケットに飴玉を忍ばせながら必死に働いていました。
そして、あえてそのスタッフと多くコミュニケーションを取るようにし、いつも笑顔を絶やさないように頑張っていました。

気が付くと、私に対して風当たりの強かった人たちの対応が柔軟になり、「こんなに頑張った妊婦はいないね。」と言ってくれるようになったのです。
最終的に私が産休に入る日、病棟のスタッフが「お疲れさん会」と称して食事に連れて行ってくれました。

二人目の妊娠については仕事上で様々な苦労をしましたが、ある意味貴重な人生経験をすることが出来、今となっては本当に良い思い出になっています。
その時に生まれた子供も、ベイビーサポートのおかげで放射線の影響もなく五体満足の健康体です。

妊娠期間でわたしが一番つらかったことは「つわり」

わたしが妊娠した体験で思い出すことは、とにかくつわりがつらかったということです。よくドラマなどで、「うっ」とトイレに吐きにいって、まさか妊娠?というシーンがあると思いますが、あんな余裕な感じではいられませんでした。妊娠に気付いたとほぼ同時くらいに、つわりがはじまりました。最初は気持ちが悪く、体もぽかぽかしている感覚で気持ちが悪いとしか思いませんでした。このじてんで、結構つらかったのですがだんだんと症状もひどくなりただ生きて息をするだけで気持ち悪いようになったのです。
もちろん家事なんて何もできなくなりました。旦那に仕事帰りにコンビニなどで夕飯を買ってきてもらって自分で食べてもらう日々でした。それはまだよかったのですが、その買ってきた匂いが部屋に充満するとそのニオイでわたしは気持ち悪くなりました。
だんだんとニオイに敏感になり、旦那のニオイすら気持ち悪くなってしまうのです。きわめつけは、お風呂に入ると、その水のにおいで気持ち悪く風呂場で吐いたこともありました。しかも食べることもままならなかったので、吐くものがなく胃液を吐く感じでした。
毎日本当につらくトイレにこもりっぱなしで、つわりがはじまって1ヶ月すぎたころから毎日天井を見上げながら泣いていました。赤ちゃんも、まだおなかが大きくもなく動くこともわからないので本当におなかにいるのかと不安にもなりました。
ご飯も水も飲めなかったので、1日おきに病院に点滴にいくようにもなりました。こんなにつらいなら妊娠なんていやだと旦那に泣いて怒ったこともあります。
それでもおなかの子供はちゃんと大きくなってくれました。つらかったつわりの日々も妊娠6ヶ月くらいでおさまってくれました。
それからは、大きくなっていくおなかが愛おしいと思える日もできました。女性は妊娠したら、すぐにおなかの子供を愛おしいとおもうと思っているかたもいるかとおもいます。でも、やはり自分の体調が悪いときはそう思えない人もいてもいいと思うのです。それくらい、わたしのつわり期間はつらいの一言です。
それでも現在は元気に生まれてきれくれた我が子をみると、あのとき頑張ってよかった、あのときあきらめないでよかったと思うのです。妊娠したら毎日幸せにみえるかもしれませんが、産むまでも(もちろん産んでからも)つらいことが隠れていることをこれから妊娠する人に伝えたいなと思います。
そしてもし、つわりで絶望しているひとがいたらわたしも同じだったと寄り添いたいなと思います。
こうやってつらかったことを書いていますが、でも我が子が生まれたこと最高に幸せです。これだけは言えます、つらかった先にある贈り物は最高です。

妊娠初期はとにかく安静に!私の体験談を紹介します。

妊娠初期はとにかくできるだけ安静にしてほしいものです。私の第一子妊娠時の経験談をご紹介しますので、ぜひ笑いながら読んでいただけると嬉しいです。そして妊活中や妊娠初期の人の参考になればと思います。
 結婚後そろそろ子どもがほしいかなということで絶賛妊活中だった2年前の話です。妊娠に至るまでに数カ月かかりました。次妊娠できなかったら何か原因があるかもしれないので病院で検査を受けようと夫と相談している頃でした。次妊娠できなかったら、という不安とプレッシャー半分、また妊娠していないだろうと思い込み、旅行へ行こう!と、ノリでハワイ旅行を計画し、夏季休暇を利用してハワイへ行くことにしたのです。
 そんな中、生理が遅れていることに気づきました。生理はほぼ遅れることがなかったので、すぐに病院に行き、妊娠6週目であることが分かりました。夫と大喜びしたことでした。と同時に、あ、ハワイどうする?という話になりました。出発は1週間後に迫っていました。今思うととても浅はかだったと分かるのですが、その時は、妊娠したのにつわりないんだね、チケットのキャンセル料も取られるし、せっかくだから予定通り行こうか、ということになり、予定通りハワイへ出発することになったのです。
 そして事件は出発当日に起きました。7時間半ほどのフライトは、映画を見たりウトウトと寝たり、機内食を食べたりしながら、長いようであっという間の時間でした。4泊5日、さあハワイを満喫するぞー!なんて考えたりしました。
 飛行機も着陸態勢に入り、シートベルトをし、到着間近というその時でした。ん?なんか気持ち悪い・・・お菓子食べすぎたかな?と思いました。あまり気にしないようにしていましたが、どんどん気分が悪くなり嘔吐しそうになり、夫に小さい声で、気持ち悪い、吐きそう・・・と訴えました。もう少しで着くから我慢してと言われましたが我慢できそうになかったので、もう一度、吐きそう、袋ない・・・?と訴えました。事態の深刻さに気づいた夫は、ちょっと!ここで吐かないでよ!ちょっと待って!と焦っていました。そうしているうちに飛行機が着陸してくれました。シートベルト着用ランプは消えていませんでしたが、シートベルトを急いで外して、トイレへダッシュし、無事トイレで嘔吐しました。(CAに、お客様!と呼び止められましたが、気持ち悪いので!と一言言ってトイレに飛び込みました。)
 そう、これがつわりの始まりだったのです・・・。
 その後のハワイ滞在中の生活は散々でした。
 まず、機内のトイレから出てきた私は、CAの方に、シートベルト着用ランプが消えていないのにトイレに行ったことを怒られました。はい、すみませんと反省しました。しかしあの気持ち悪さは何だったんだろう、今まで飛行機で体調が悪くなったことなんてなかったのに、そんなことを考えていました。
 次は空港内で、ホテル行きの送迎バスを待っている途中で再び吐き気が襲ってきました。そしてバス内ではまたも気持ち悪いのを我慢するのに必死で、ホテル到着後すぐにトイレへ直行し、嘔吐しました。夫がチェックインの手続きをしている間もすぐに気持ち悪くなり、この辺りから、何だか体調が悪い、ということに気づき始めました。これがもしかして・・・つわり?まさか・・・明日には体調も良くなるだろうという気持ちでした。まだまだ軽い気持ちでした。結局その日はチェックイン後、ベッドとトイレを往復しながら外出もせず安静に過ごしました。
 次の日も体の不調は続きました。この時にやっと私も夫も、これはつわりに違いない、と確信しました。夫は私の体を心配する一方で、せっかくハワイ来たのに・・・と不満そうで機嫌が悪くなってしまいました。ハンバーガー、パンケーキ、ガーリックシュリンプ、色々と楽しみにしていましたが、もうそんな気分ではありませんでした。いつもなら事前に予約してくるオプショナルツアーは、今回はたまたま予約をしておらず、それだけは救いでした。インターネットでつわりについて調べて、ドン・キホーテでおにぎりや梅干し、炭酸飲料など、食べれそうな食べ物だけ買いに行きました。あとは、気持ち悪いのを我慢してTシャツを買いに行き、4日のうち1度だけ外食しました。それ以外は、ホテルのベッドで寝て過ごしました。
 今思うと、つわりがなければ朝から夜までアクティブに過ごし、もしかしたら悪い事態にもなっていたかもしれないので、つわりありがとうという気持ちでいっぱいです。はしゃぐなよ、というサインだったのだと思います。今では良い思い出です。子どもが大きくなった時に話します。どうか妊娠初期は、とにかく安静に過ごしてほしいものですね。

冬の階段には要注意!!振り返れば妊婦がいる。

高2と中3の二人子供がいます。彼らを妊娠中に遭った被害?をお話ししたいと思います。おなかが大きくなってからは万が一のために車の運転も辞め、凍った冬道も最大に注意を払いながら暮らしていましたが、自分が気を付けていても避けられない時もありますね。上の子の時は9か月までフルタイムで働いていまして、悪阻もなかったので大きなおなかを抱えて満員電車に乗っていたという私も怖いもの知らずと言えばそうでした。会社の行き帰りは地下鉄を乗り降りしていました。降りて地上に出るときに運動も兼ねて階段をえっちらおっちら登っていましたが、ある雪の日、夕方やはり登っていますと、私の少し上の階段を当時大流行していました、若い女の子が履いている厚底ブーツを履いたギャルが登っていました。10段くらい離れていたでしょうか。その彼女が雪で濡れた階段で足を滑らせ、何と真下にいた私の上を直撃したのです。いや、降ってきた、と言った方が相応しいかな?とっさに避けることもできず、もろに私の腹に彼女は降ってきました!当然私も落ちました。落ちましたがまだ私は階段を2,3段しか登っていないところでしたから、階段をずずっと滑り落ちた感じでした。とっさに手すりをつかみましたので、転んで腰を痛めることもありませんでしたが、何といっても腹直撃の衝撃はなかなかのものでした。ところが冬でコートを着ていたためか元凶の厚底彼女は私が妊婦とはわからなかったようで、ただの「着ぶくれた太った女」としか見えないようでした。あっさり「すいませ~ん」と言ってさっと逃げていきました。私が唖然としているうちに。幸いお腹の子もちょっとびっくりして静かになりましたが、無事でした。2年後自他の子の妊娠中も何と同じような目に遭いました。今度は産婦人科に行くときにやはり地下鉄の駅のエスカレーターに乗ろうとして、上にいた壮齢のビジネスマン(結構体格が良かった)が雪が付いた靴で滑り、アタッシュケースごと落ちてきました、いや、やっぱり降ってきたかな?そして、今度はアタッシュケースが腹に直撃しました。この時は他の人も巻き添えになり、私が一番最後尾にいたせいでみんなの体重を引き受けたようでした。すぐに駅員さんがエスカレーターを停止させ、他の人たちに怪我がないか聞いていましたが、私が「妊婦です」と言った瞬間大騒ぎになりました。なぜか私が一番冷静で「これからちょうど病院に行こうとしていたところなので、診てもらいますから。出血や痛みも今のところないです」と言い、病院で事情を話してすぐに診察してもらったところ、やっぱりびっくりしたものの今は赤ちゃんは異常なく寝ているらしいと判断されました。ビジネスマンはその後駅員さんにこってり怒られていたようでした。それ以降、公共の場での階段やエスカレーターを使うときは何となく身構えて乗ることになりましたが、階段を落ちる予定の人に一言。「どうせ落ちるのなら後ろを確認してから落ちてください。人を巻き添えにしないでください。妊婦がいる可能性もありますから」

妊娠線は気を付けていてもできてしまうもの、出来てしまえば諦めもつく

ふたりの子供の出産経験がありますがママ友に聞いたりネットや雑誌での情報で妊娠線ができないようにかなり気を付け、気を使っていましたが結果的には薄く、短いものですが二人目の出産前には下腹部分に妊娠線ができてしまいました。一人目の長女を妊娠した時は出産に関して全くの無知だったので妊娠してから妊娠雑誌やネットで妊娠中の情報を集めていましたが特によく話題として出ていたのが妊娠線をどう予防するか、どうすればできないのかでした。つわりがひどくあまりクリームを塗ってマッサージを行うことなどはできませんでしたが雑誌やネットで見た妊娠線ができないようにもっと気をつけておけばよかった、との記事を読んでから絶対に妊娠線ができてしまったら後悔するんだなと思い、できる限りではありますがつわりで吐き気がひどいときもお腹全体にクリームやオイルを塗って対処していました。あまりお腹が大きくならない体質だったせいか7か月頃まではかなりお腹が小さかったのでつわり中にあまりこまめにお腹の皮膚のお手入れができていなかったのに臨月近くになり急にお腹が大きくなってからも妊娠線ができた様子はなく長女を出産後に小さくなったお腹全体を確認しても妊娠線はできていませんでした。お手入れができない時期もあったのに妊娠線ができなかったことはとてもラッキーでしたがもしかしたら妊娠線ができにくい肌質なのかも、と軽く思っていました。二人目を妊娠したときは長女が5歳になっており長女の妊娠時と同様につわりはありましたが幼稚園の送り迎えやお友達と遊ぶことに付き合ったりと一人目の時にようにぐったりしていられませんでしたが自分も長女を生んだ時よりも歳をとっていたので今回の出産でも絶対に妊娠線は作らないと長女の妊娠中よりも動けたこともありかなりこまめにお腹全体のお手入れは欠かせませんでした。二人目は男の子でしたがお腹が大きくなるのが長女の時よりもかなり早く妊娠5か月になるころにはお腹が大きくなっていたので妊娠線対策もこまめにやらなければならないと妊娠線予防クリームを購入して毎日お風呂上りのお手入れは欠かさず行うようにしました。長女を妊娠中よりもかなりこまめにお手入れをしていたのでお腹が大きくなるのは早かったですが多分妊娠線はできないだろうと思っていたのですが臨月になり下腹が見えなくなっていたころになんとなく下腹部を触ってみたら他のお腹の皮膚の触り心地とは違う部分がありました。びっくりして鏡を入れてみてみると薄く、短いものですが6本ほどの妊娠線ができており主人に確認してもらっても妊娠線ができているよ、と言われました。できてしまったときはかなりショックでしたが考えてみるとなんでそんなに妊娠線が嫌だったのかの大きな理由もなく雑誌の記事を見て妊娠線ができないようにしよう。と、思ったことが理由だったので意外と早く諦めがつき現在も薄くですが6本の妊娠線はお腹にそのまま残っています。水着を着る時もショートパンツが付いた水着を着用するし温泉に頻繁に行くわけではないので自分でも驚くほどすんなりと諦めが付きました。人それぞれ考え方には違いがありますが子供が元気で産まれてきてくれれば妊娠線ができても意外と諦めがつくものだと思います。

一度できたら一生消えない妊娠線 予防する事がいちばん大事

出産経験のある方の中には、妊娠中に妊娠線が出来てしまい、出産後に子供と一緒にプールに行っても水着姿に自信が持てなくなった方も多いのではないでしょうか。
妊娠線は、その名の通り、妊娠中に急激にお腹が大きくなる事によって、お腹の皮膚が上下左右に引っ張られ、皮膚が避けてしまうために出来るものです。だいたい、お腹が急激に大きくなる6カ月頃からと、「もう大丈夫」と安心していた出産間近の臨月に出来てしまう事が多いようです。
そして厄介なのが、一度出来てしまったら、出産後にも薄くなることはあっても消えないという事です。
実に7割以上の経産婦さんが妊娠線が出来てしまったというデータもあります。
妊娠線をつくらないためには、いかに予防を徹底するかにかかっています。
ここでは簡単に出来る妊娠線の予防ケアについて、紹介したいと思います。

・妊娠線予防のクリームをお腹に塗る
今はたくさんのメーカーから、妊娠線が出来てしまわないように皮膚の保護をするクリームが出ています。
肌を柔らかくし、保湿の役割がありますので、妊娠がわかったら(つわりなどで匂いが受け付けないなどの理由がなければ)すぐに使い始めても構いませんし、妊娠初期の段階では普段使いの保湿クリームをお腹に塗ってもいいでしょう。
とはいえ、妊娠線を予防するクリームは、妊娠中の敏感なお肌にも優しい成分が配合されているので、より安心です。
妊娠線はお腹だけでなく、太ももやお尻に出来る人もいますので、お腹だけでなく腰回りは入念にケアした方がいいですね。

・体重増加のコントロールをする
急激に体重が増えると妊娠線が出来やすくなります。
妊娠中に体重が増えるのは自然なことですが、あまりに急激に増えると妊娠線が出来やすくなってしまうばかりか、出産が大変になる可能性も高くなるので、出来る限り体重コントロールを心がけましょう。
妊娠中は7キロ~12キロくらいまでの体重増加が好ましいと言われています。元の体重や健康状態によって医師からの指示があると思いますので、その範囲の体重増加に収まるように、食事や妊婦さんでも出来る軽い運動を生活の中に取り入れましょう。

経産婦の方や35歳以上の高齢出産の方、元々乾燥肌の方は妊娠線が出来やすいと言われています。
理由は、経産婦の方は初産の方よりもお腹が大きくなるスピードが速い事、高齢出産の方や乾燥肌の方は、肌の張りや弾力が低下していることから、皮膚の断裂が起こりやすくなってしまうのです。
以上の事から、妊娠初期からのケアを怠らず、ママになってもツルツルのお腹をキープしましょう。

二人目妊娠中の、上の子の「想像妊娠」の話

現在3歳の息子がおり、二人目を妊娠中です。息子には、お腹に赤ちゃんがいることをわりと早いうちから話していました。理解しているのかどうかといった反応でしたが、つわりの時など、特に赤ちゃん返りをしたり困らせたりするようなこともなく、普通に過ごしていましたし、横にならせてくれたのでとても助かりました。お腹がだんだん大きくなってくると、少しずつ赤ちゃんがいることを理解してきたようで、お腹をなでてくれたりお腹に向かって話しかけたりするようにもなりました。
そんな風に、息子が妊娠を受け入れてくれていてとても幸せなのですが、一つ不思議なことが起こりました。
それは、お腹が出始めてしばらくしたころ、「○○ちゃん(自分)のお腹にも赤ちゃんがいるの」と言い出したことです。3歳なので、幼児体型でお腹もぽこんと出ているのですが、そのお腹を私や夫がポンと軽く叩くと、「やめて、お腹に赤ちゃんがいるよ。びっくりしちゃうよ。」と言うのです。我が家は妊婦が二人になってしまいました。
そして、そんなやりとりを毎日していくうちに、イメージが膨らんだようで、お腹の赤ちゃんは双子の女の子だと言うようになりました。私のお腹には、男の子が一人いるとのことです(真相はわかりませんが…)。そして、一緒にお風呂に入るたびに、母子でお腹を触り合って、赤ちゃんの話をするのが楽しみになりました。
息子が通う保育園の先生に話したら、「園でも言ってましたよ。そういえば、最近給食食べる量も多いかも。食べづわりかな?」なんて言われたり…。私の職場の上司には、「それは、お母さんと自分が一心同体と思っているからよ。」と言われ、なるほどーと、とても腑に落ちたものです。
さて、そんな時間がしばらく続きましたが、ある日突然終わりを迎えることになりました。息子が一足先に出産したのです。保育園から帰ってきて、自分で体操袋から汚れた服を出していると、急に「生まれたー!!」と…。袋から帽子と服を取り出したのが赤ちゃんが生まれたように見えたというのです。ただ、生まれたのは一人だけでした。双子だけど、一人だけ生まれてもう一人は「まだお腹にいるよ。」とのことでした。そして翌日、やはり保育園から帰宅後、同じように体操袋を整理しながら「また生まれた!」と、もう一人も無事出産しました。
それからは、自分の赤ちゃんのことはすっかり忘れているようです。お腹を叩くと「もういないよ。」と言いますが、「いまご飯食べてる」「ここにいるよ」等、そばにいるイメージだけはあるようです。さて、もうすぐ母が出産をむかえますが、赤ちゃんと対面した時どのような反応をするのか楽しみです。